夫「ただいまー」
夫「……?」
夫(妻ともう一人ぐらい声が聞こえるけど……)スタスタ
夫「誰だ!?」
間男「ゲ!?」
妻「あなた……帰ってたの」
夫「な、な、な……なんだこれはぁぁぁ!?」
間男「ちっ!」タタタッ…
夫「……」
妻「……」
夫「今のは……誰だ!?」
妻「知らない」
夫「知らないって、そんなわけ――」
妻「安心して、何もなかったから」ニコッ
夫「ならいいけど……」
夫(この天使のような微笑みを見ると、いつも責める気が失せてしまう……)
次の日――
夫「……」
夫(あ~、ダメだ。昨日のことが気になって、全然仕事が手につかない……)
夫(ボロを出さないうちに、今日は早めに帰ろう……)
夫「ただいまー」ガチャッ
夫「!?」
間男「……」
妻「……」
夫(間男が……妻を押し倒してる!?)
夫「なにやってんだァ!!!」
間男「ちっ」タタタッ
妻「いいところだったのに……」
夫(いいところって何が!?)
夫「今日はちゃんと答えてもらう……」
夫「あの男は誰なんだ!? 二人で何をしていたんだ!?」
妻「答えたくない」
夫「答えたくないって……」
妻「それより、ご飯にしましょ?」ニコッ
夫「……はい」
夫(くそ~……またこのエンジェルスマイルにごまかされた……)
次の日――
夫(うう~……ひょっとしたら今日も……)
夫(気になる! 気になる! 気になるッ!)
夫「課長」
課長「どうしたね?」
夫「早退させて頂きます!」
課長「えっ、どうして……」
夫「……」
課長「ど、どうぞ」
浮気!
自宅マンション近く――
夫(ここら辺で見張っていよう)
夫(刑事になった気分だ……)
間男「……」スタスタ
夫(やっぱり現れた! 妻をたぶらかす間男め!)
夫(尾行すると――)
間男「……」スタスタ
間男「……」ガチャッ
バタンッ
夫(当然のようにウチに入っていった……!)
夫(どうする? 乗り込むか……?)
ドタンバタン! ドタンバタン!
夫「!?」
ドタンバタン! ドタンバタン!
夫(中でいったい何が……!?)
シーン…
夫(静かになった……)
夫(それから、間男はマンションから出てきたけど……)
夫(……よ、よし! 話しかけてやる!)
夫「おいっ!」
間男「……ん」ジロッ
夫(間近で見ると怖え!)
間男「あいつの旦那か……」ニタァ…
夫(なんて恐ろしい笑顔だ! 妻とまるで正反対……)
間男「心配するな、お前には手を出さない」
間男「だが、お前はもうすぐ妻と別れることになるだろうな」
スタスタ…
夫「……行っちゃった」
夫「……」
夫(その後、妻に問いただすも、結局いつもの笑顔で逃げられてしまい)
夫(間男と何をしてたかは分からなかった……)
夫(といっても答えはもう決まってる)
夫(間違いなく……不倫だ)
夫(間男のいうとおり、このまま離婚するしかないのか――)
……
夫「ただいまー」
妻「……」
夫「どうしたの? 真面目な顔して……」
妻「あなた、別れましょう」
夫「はい?」
妻「ごめんね……。離婚届は置いておくから……あと、これは慰謝料」スッ
夫「お、おい、待ってくれ! 勝手に話を進めるなよ!」
妻「さよなら!」ダッ
夫「えええ!?」
シーン…
夫(出て行っちゃった……)
夫(なんなの? なにこの急展開)
夫(不倫してるのは確定だし、もう放っておくか?)
夫(いや……俺はまだ妻を愛してる! 心のどこかで信じてる!)
夫(せめて、事の真相を知るまで、別れるわけにはいかない!)
夫「追いかけよう!」
ダッ!
つまらないから
夫(走ったら、なんとか追いつけた……けど)
妻「……」スタスタ
夫(歩くの速いな!)
妻「……」スタスタ
夫(まるで羽根でも生えてるのかってくらい速い!)
妻「……」スタスタ
妻「待たせたわね」ニコッ
間男「来たか」ニタァ…
夫(やっぱりあの間男と待ち合わせてたか……)
夫(こんな人気のない場所で二人でなにする気だ……?)
夫(って、決まってるよな)
夫(もし始まっちゃったら……このまま帰ろう……抱かれるとこを目撃するのは辛いもん)
間男「さっそく始めるか」
間男「はああああああああ……!!!」メキメキ…
魔男「ハァーッ!!!」
妻「本性を現したわね」
夫「!?」
夫(な、なんだ!? 間男がまるで悪魔みたいな姿に……!)
夫(ひょっとして、間男は間男じゃなく――“魔男”だったんですか!?)
魔男「そっちこそ真の姿でやれよ」
魔男「あんなマンションじゃ、お互い狭くってなァ。物は壊したくねえし」
妻「ええ」
妻「……」バサァッ!
夫「!!?」
夫(妻から天使のような翼が生えた……)
夫(まさか……妻は天使!? “奥様は天使”だったのかァ! そりゃ天使みたいな笑顔なわけだ!)
魔男「“悪魔の息吹(デビルブレス)”!」
魔男「カアアアアアアッ!!!」ブオワァァァァァッ
妻「“天使の羽根(エンゼルアロー)”!」
妻「はぁっ!!!」ヒュバババババッ
ズガァァァァン!!!
ドゴォォォォン!!!
夫「ひ、ひいいい……!」
夫(天使と悪魔によるとんでもないバトルが始まった!)
魔男「人間界に溶け込む天使と悪魔はそれなりにいる……が、二つが出会ったら頃し合うのが宿命!」
魔男「今までもあのマンションで何度か戦ったが……」
魔男「仮の姿のままじゃ力は出せねえし、なにより人間は巻き込みたくねえ!」
妻「ええ……あの人を巻き添えにすることだけは避けたかった」
魔男「あの旦那は気の毒だな。今日でお前と死別するんだからよ!」
妻「平気よ、もう別れを告げてきたから」
魔男「そうかい! なら遠慮なく殺せるなァ!」メキメキ…
妻「死ぬのは……悪魔(そっち)よ」バサッ
ドゴォンッ! ズガァンッ! バゴォンッ! ドォンッ! ボゴォンッ!
夫(そうか、二人はずっと戦ってたのか!)
夫(だけど、俺が帰ってきたり、全力を出せない戦いじゃケリがつかず、何度も中断してたんだ!)
魔男「くたばれ、クソ天使!」
バキィッ!
妻「ぐっ! ……滅べ、汚らわしい悪魔!」
ドゴォッ!
魔男「ぐげっ!」
夫(このまま放っておけば……どっちかは間違いなく死ぬ)
夫(もちろん妻には死んで欲しくないし、あの魔男も悪魔のくせに最低限の良識はあるようだ)
夫(できれば両方とも死んで欲しくない! だったら――)
魔男「これで決着だァァァァァッ!!!」
妻「望むところ!」
ギュオオオオオオッ!!!
ダダダッ!
魔男「!?」
妻「!?」
夫「待てえええええええええええええっ!!!」
妻「あなた!?」
魔男「あっぶねえ! 何やってんだ!」
夫「はぁ、はぁ、はぁ……」
妻「……」
魔男「……」
夫「戦いを中断しちゃってごめん。だけどまずは俺の話を聞いてくれ」
夫「……君の正体は天使だったんだね」
妻「ええ……黙っててごめんなさい」
夫「いいんだ。それでも俺は君を愛してる」
妻「……ありがとう」
夫「そっちの人は……悪魔でいいのかな?」
魔男「ああ、そうだよ」
夫「妻と出会ったのは偶然か?」
魔男「そうだ。街中で偶然出会ってな。出会った以上、決着をつけなきゃならなくなった」
夫「なんで?」
魔男「え、なんでって……」
夫「二人が戦う理由はなに? なにか揉めたの?」
妻「天使と悪魔は戦わなきゃならない宿命だから……」
夫「宿命? ハッ、くっだらねえ!」
二人「!」
夫「それぞれ、お互いが生きてると何か不都合があるのか? 実害があるのか? どうなんだ?」
妻「それは……別にないけど」
夫「そっちは?」
魔男「俺もだ……」
夫「だったら戦う必要ないじゃないか!」
妻「だけど……」
魔男「俺たちにも歴史と伝統ってものが……」
夫「歴史と伝統!? たしかにいい伝統は残すべきだ! 俺だって伝統工芸や世界遺産大好きだし!」
夫「だがな、こんな無意味な戦いをする伝統なんざ、残す必要ねえよ!」
夫「それにさっきの話を聞いてたら、天使と悪魔の戦いには人間は巻き込まないって不文律があるんだろ?」
夫「なのに、思い切り俺に戦いを目撃されて、しかも俺は死ぬとこだったんだぞ!」
妻「その通り……ね」
魔男「危ないとこだった……」
夫「だろ? 無意味な上に危険すぎる!」
夫「だったら! もう結論は出るじゃないか! 戦いはやめよう!」
夫「こうして人間代表として、俺が仲裁に入ったんだ! 誰も文句はいわねえよ!」
夫「神様にだって、魔王様にだって、文句はいわせねえ!」
夫「それでもどうしてもやりたいなら、まず俺を頃してからにしろォォォォォ!!!」
妻「……」
魔男「……」
夫(と、勢いだけでまくし立てたものの……)
夫(どうしよう、“人間代表”だなんてなんつー思い上がり……。せめて総理とか大統領クラスじゃないとダメだろ)
夫(俺、このまま二人にブッ頃されるんじゃなかろうか……)ガタガタ
妻「そうね」
魔男「旦那の言う通りだ」
夫「え」
魔男「俺たちは天界や魔界じゃ学べないことを学べるから人間界に来てるのに……」
魔男「古くからの伝統に縛られて、意味のねえ戦いをやっちまった」
妻「心の底では、最初から意味のない戦いだって分かってたのにね……」
夫「え……? え……?」
魔男「戦いは……やめよう」
妻「うん」
魔男「仲直りだ」
妻「分かったわ」
ガシッ
史上初、握手する天使と悪魔。
そのきっかけとなったのは、一人の冴えないサラリーマンであった――
夫(とりあえず上手くいったようで……よかったよかった)ホッ…
夫「離婚は取り消しで……いいよな?」
妻「そっちこそいいの? 私は人間じゃないのに……」
夫「正体を知って、むしろ惚れ直したよ」
妻「……」グスッ
魔男「あんた、俺たちの戦いを最初から見てたのに、それでも飛び込んできたんだろ?」
夫「ええ、まあ」
魔男「ったく、大した男だぜ! 攻撃喰らってたら間違いなく魂ごと消滅してたってのによ!」
夫(ホントだよ……俺はなにやってんだ……)ヘナヘナ…
妻「あなた!?」
魔男「旦那、しっかりしろ!」
それからというもの――
間男「ちーっす」
夫「いらっしゃい、悪魔さ……じゃなかった、間男さん」
間男「今度子供生まれるんだって? ほらよ、ベビー用品」
妻「悪魔が差し入れなんて縁起でもない……でも、ありがと」
間男「どういたしまして! 元気な子供産めよォ!」
妻「ええ、もちろんよ」
間男「ところで、俺らが和解した件、人間界に溶け込む他の連中にも広まって……」
間男「天使と悪魔で憎み合うことはやめようって風潮になりつつあるらしいぜ」
間男「今度、正式にウチの魔王様とそちらの神様で条約も結ぶらしい」
妻「あらホント!」
夫「天使と悪魔が出会うたびあんな戦いされたら、人間界もたまったもんじゃないし、よかったよかった」
間男「なんだか、歴史の目撃者になった気分だぜ」
妻「これもあなたのおかげよ……大好き」チュッ
夫「んほっ……」
間男「天使と悪魔の間に割って入って、長年の争いを止めたあんたこそ――」
間男「“真の間男”だ!」
夫「その称号、全然嬉しくないんだけど……」
アハハハハ…
~おわり~
俺も天使の嫁が欲しい