怖い話と言えば、妖怪や幽霊が現れるホラー系や、人食い生物(サメ、熊など)や殺人鬼などが暴れ回るパニック系が定番でしょう。
しかし、中には幽霊も殺人鬼も現れないどころか、登場人物が一人しかいないのに、強烈なインパクトを刻みつける昔話も存在します。
今回は大分県の伝承から、昔話「吉作落とし」を紹介。聞いている内に、背筋がゾワゾワしてくること請け合いです。
岩茸採りの山男・吉作
今は昔、豊後(ぶんご。現:大分県)と日向(ひゅうが。現:宮崎県)の国ざかいにそびえる傾山(かたむきやま。現:大分県豊後大野市)の麓に、吉作(きっさく)という男が住んでいました。
吉作は幼い頃に両親を亡くして以来ずっと独りでしたが、心身ともにたくましい山男に成長。傾山で岩茸(いわたけ)を採って生業としていました。
岩茸(崖に生えている茶色い苔)採りの作業光景。見ているだけでハラハラしてしまう。歌川広重「諸国名所百景 紀州熊野岩茸取」より。
岩茸とは険しい断崖絶壁に生える苔の一種で、生薬として珍重されたため高く売れましたが、生えている場所が場所だけに、作業中の転落事故で命を落とす者も少なくありません。
それでも貧しい村人にとっては貴重な収入源となるため、危険を顧みず岩茸採りに励み、吉作もそんな一人として、縄一本で断崖絶壁を伝い下りては、せっせと岩茸をこそぐのでした。
吉作、ふとした油断から絶体絶命のピンチ!
そんなある日、断崖絶壁に吊り下がって一人で岩茸採りに励んでいた吉作は、どうにか人一人が座って休めるくらいの岩棚を見つけます。
吉作は片手で縄を掴み、もう片手の竹ベラで岩茸をこそいで腰の篭に入れる作業スタイルをとっており、少し縄を掴む手が疲れていたので、そこに下りて休むことにしました。
「やれやれ、今日もたくさん採れたわい」
まだ同業者が知らない穴場を見つけ、篭にギッシリ詰まった岩茸を眺めながらご満悦の吉作。断崖絶壁だけあって眺めは良好、風も涼しく吹いて汗も疲れも引いていきます。
「さて、そろそろ戻ろうか……」
と、立ち上がった吉作でしたが、縄に手が届きません。
「あれ?」
縄は吉作の体重によって伸び切っており、それが手を離した瞬間に縮んでしまったようです。
「あぁ、何てこった!」
岩棚に取り残されてしまい、助けを求める吉作(イメージ)。
いくら跳んでも縄にはとうてい手が届かず、持っているのは小さな竹ベラと岩茸の詰まった篭だけ……自力での脱出が絶望的となった吉作は、声を限りに助けを呼ぶよりありません。
「おーい、助けてくれぇ……っ!」
さて、村人は吉作の遭難に気づいてくれるのか、あるいは自力で脱出する起死回生の秘策を思いつくのか……吉作の運命を思うと、喉の奥から汗がにじみ出てくるようです。
【続く】
※参考文献: 大分県小学校教育研究会国語部会 編『大分の伝説』日本標準、1978年
日本人なんか昔からそんなもん
何がおもろいの?
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